ご説ごもっとも、だけど行動が変わらない理由
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AIに質問すると面白い!
そのことを実感しています。
GoogleやYahoo!などの
検索エンジンを
使っての検索が減り、
AIに聞く人が
増えているらしいです。
そのことには頷けます。
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AIが示すことは
いちいち
「ご説ごもっとも」と思います。
が
僕だけかも知れませんが
AIが薦めてくれる
良さそうな事って
「実行動に移せない」
場合が多いのです。
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「確かにそうだよね。
きっとそうなんだけどね」
で終わってしまうのです。
AIが発する
PCやスマホに映る文字列を
さらっと読み流してしまうというか…
心に残らないというか…
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僕が持つAIとのやり取りイメージは
ツルッ、ツルのステンレスと
やり取りをしている感じ
です。
AIには
ほめてもらえるし、
ねぎらってもらえる。
だけれど…
人間臭さがない
熱がない
と感じてしまうのです。
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子供の頃、
親や学校の先生から言われた言葉も
「ごもっとも」
の内容だったと思います。
しかし、幼い頃の僕は
親や先生の言うことは聞かず
小学校から帰ると
玄関にランドセルを放り投げて
草野球をしに行ったり、
空き地に秘密基地を作りに行ったり
しました。
昭和のどーしようもない
クソガキです!
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とはいえ
親や学校の先生から言われた言葉のうち
いくつかは60歳近くなった今でも
覚えているのです。
それは
ツルッ、ツルのステンレスから発せられた
言葉じゃないからだと思うのです。
気持ちや熱があったと思うのですよね。
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親や学校の先生は
親身になって僕のことを考えてくれた
のだと思います。
表情や語気、その場の雰囲気から
親や学校の先生のパッションを
感じることも多かったです。
とても、とても
ありがたいことだと思います。
そういう感謝の念があるからこそ
かけてもらった言葉を覚えている
のだと思います。
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そんなことを考えていると
正しいっぽい言葉が人の記憶に
残るのではなく、
人間対人間のお互い正面から
向き合って発せられた言葉が
深く心に刻み込まれるのだと
思います。
人の心を動かすのって
そういうことだろうと思います。
P.S.
仕事上でも
「この人が言うのだから…」
といった場面はあるのではないでしょうか。
人の心に火をつけるというか
心の奥底に眠っている、
もしくはくすぶっている
モチベーションの塊に刺激を与えて
くれるのは生身の人間の言葉のような
気がします。
経営者が言葉を尽くして
自分の考え方や
未来のあるべき姿や経営理念を
伝えるのはそのような意味があるのだと
思っています。
言うは易し…
だけど今の時代、
必要な認識だろうと思います。

