些細なボタンの掛け違い
■
「何気なく発した一言が
無邪気に相手を傷つける」
なんてことは
往々にしてあるかと
思います。
そのような場合、
言葉を発した側は
気にも留めていないので
すぐに忘れる。
しかし言葉を発せられた側は、
深く傷つき、
時間が経っても覚えている
なんてことも…
■
受けた傷は化膿し
ケロイドのようになり
跡が残ってしまう。
何十年もの長い年月が
経ったとしても
心の傷を負った人は
そのケロイドを見るたび
当時の心の痛みを
鮮明に思い出してしまう…
■
上記に関連して
僕は僕のことを振り返り
反省します。
とても多くの方に
ご迷惑をおかけし、
ここまで生きてきたと
この歳になって感じる
瞬間が増えました。
その一方で
ほぼ無自覚で発した
僕の言葉が
相手を深く傷つけている
ことも多くあった
だろうと思います。
懺悔したくなります。
その度に
「あっ、あ〜」
と声を上げ溜息を
ついてしまいます。
家でも時々やってしまうので
同居人(妻)が驚いて
「何?何かあった?」
と聞いてきます。
その度に、僕は
「なんでもない。
思い出したことがあっただけ」
と言ってごまかします。
■
そんな時
僕はこうも思います。
人間とは一瞬
反省することがあっても
同じ過ちを繰り返してしまう
生き物なのかも知れないと…
(「戦争はいけない」
と分かっていても
同じ過ちである
戦争を繰り返しますしね)
僕の場合も
時々反省はするのだけど
極度のあんぽんたんなので
日々無邪気に人を
傷つけているのだと
思います。
■
親子関係も
そのようなことが
往々にしてあるかと
思います。
親が何気なく発した一言を
子供は一生覚えている。
これが同族の事業承継を
難しくしている
一つの要因だと思っています。
■
僕の場合も
父親が(多分)自覚なく発した
何気ない一言を
今でもしっかり覚えています。
そして
それを時々思い出します。
こういうのって
フラッシュバックって
言うのでしょうか。
(最近は随分減ったけど…)
■
父は
昭和の経営者だったからか
家族の意見は聞かず
怒鳴る
手を出す
威張る
ことが多々あったように
記憶しています。
そのため
僕は子供の頃から
父に関して
常に恐怖心を
抱いて育ちました。
■
それが大人になって
僕の父への反発心を
増幅せたのだと思います。
中小企業診断士の資格を
頂いたのち、
父が経営する企業群に
関与してからは
「父をぎゃふんと言わせてやる」
ことが僕のモチベーション
だったような気がします。
■
そのため
「いかに浪花節の父に理詰めで勝つか」
が日々の僕の課題であった
時期がありました。
水と油の関係です。
でもそれじゃ、
経営も親子関係もうまく行くはず
ないですよね。
水と油だといくらかき回しても
分離したままですからね。
■
僕が抱いていたような負の感情を
一旦表出させ、家族と共有し、
その後解き放つ。
そして未来へと
目を向けるさせるのが
家族会議の一番の目的だと
僕は思っています。
P.S.
このあたりの感情のこと
いくらご説明しても
ご理解頂けないことも
正直あります。
経験の有無により
理解度が違ってくる
のかもしれません。
しかし僕と同じような
感情を抱いている
ご家族・企業には刺さります!
それはそれでしょうがないと
思っています。
僕も
僕と違う境遇の方が
抱き続けている痛みは
わからないので…
人の理解にはどうしても
限界がありますよね。