昔が輝きすぎて、その輝きが今でも増している件
■
以下、現実のような
創作のような話
■
僕が商店街振興組合の事務所に
入ってみると、
部屋の壁のど真ん中に
昭和40年代の商店街の写真が
ド・ド・ドーン!と飾ってありました。
大きさは、
縦が1メートル、
横が1メートル50センチ
くらいでしょうか。
商店街事務所に入ると
嫌でも目に入ってきます。
■
商店街全体を見下ろすことができる
ビルの屋上から撮ったその写真は
セピア色に変わっていました。
近づいてよく見ると
来街者が物凄い数映っていました。
まっすぐ歩けないくらい
通行人がひしめき合っていました。
さらにじっくり見ると
多くの人は紙袋などを手にしており
買い物を楽しんだことがうかがえます。
■
商店街振興組合の方々は
口々に
「昔はすごかった」
「あの頃の活気が欲しいよね」
「商売が面白くてしょうがなかった」
「銀行の横にあった
和菓子屋の〇〇さんが面白い人で…」
などとおっしゃっていました。
ちなみに昔を懐かしんでいた方は
皆、70代、80代、90代の先輩方。
■
その頃は各家庭にモノが行き届いてなく
家具や家電、洋服など
生活に必要なものが
飛ぶように売れたようです。
※
ちなみに…
僕が就職した総合スーパーは
祖業が布団屋さんでした。
創業者は、リヤカーを引いて
布団を売り歩いていたそうです。
若い人は想像がつかないかも知れませんが、
そんな時代もあったのよね。
■
でも現実の商店街は
人が歩いておらず
ほとんどの店舗は
シャッターが降りており、
そのシャッターも暴走族が
ペイントしており印象が良くなく、
近隣は高齢化、空き家
となっていました
■
さて、さて…
僕は学生時代から勉強ができず
偏差値の低空飛行を続けてきたのに
学生時代の出来事・会話等を
一部ではありますが、
克明に覚えています。
■
誰と誰がいて、
季節はいつくらいで
何時頃
どこで
など状況も覚えている
こともあります。
■
僕は今年57歳なので
【人生の残り時間<今まで過ごしてきた時間】
となっています。
これは抗(あらが)いようがない!!!
■
脳の仕組みはよくわかりませんが、
歳を重ね、
ますます過去の記憶が鮮明に
思い出させるのかも知れません。
※亡くなった父もそうでした。
父は幼少期のことを克明に覚えており、
また経営者として華やかだった頃のことも
克明に覚えていました
■
輝いていた過去を思い出す度に
その事実が自分の中で
捻じ曲げられ
美しく解釈替えされ、
つど強化され、
自分の時々の感情と紐づく。
そのプロセスを何度も何度も重ねて
今の自分の記憶が出来上がっている
のかも知れません。
■
上記の商店街振興組合の先輩方も
失礼ながら
【昔が輝きすぎてその輝きが今でも増している】
ように感じてしまいました。
しかし現状の商店街を見ると
セピア色の写真を見て
昔を懐かしむ状態ではない!!!
のだけど…
■
自分が若く
輝かしい日々はもう戻ってこない
のは現実です。
時に昔を懐かしむのは良いけれど、
『現状から目を逸らさずに
前を向いて進む』
しかないのだろうと思います。
自戒を込めて…
P.S.
「昔が輝きすぎて、
経営者の脳内でその輝きが今でも増している」
ので事業承継が進まないのかも知れない…
そんなことを感じてしまう今日この頃…