歳を重ねると記憶力が低下すると同時に「過去について」書き換えが起こってしまう件


僕は現在58歳です。

老眼のため文字を読む時は眼鏡を外します。
普段、遠近両用メガネをしているのですが
それでも眼鏡を外して文字を読む方が
楽だからです。

五十肩も経験しました。
一時期左の肩が回せなくなり
背中に手を持って行くことさえ
出来なくなりました。

その上、始終左手がしびれ、
寝る時に左肩を下にすると
痛みで起きるくらいでした。

また

若い頃と比べてお酒を飲む量は減りました。
20代は馬鹿みたいに飲んでました。
ビール、ウィスキー、焼酎、日本酒、ワイン
何でも飲みました。
しかも結構な量を。


58歳となり、
こんな自分になるなんて…

30代、40代では
想像出来ませんでした。

あの頃、周りの年配者を見ても
「自分もあのように歳をとるんだ」
などと思うことはありませんでした。

それが今や
不健康自慢をしている…(笑)


上記のようなことを
感じられるようになり、

次第に
5年後、10年後の自分も
考えるようになりました。

その頃には、相当、
世の中も僕自身も変わっていると
思います。


話しは少し逸脱しますが
5年後、10年後、

AIによって仕事に対する考え方が
激変しているかも知れませんね。

僕の今の仕事もAIが代替する部分が
相当に増えているように予想します。

ただし

AIでは出来ないこともあるはずです。
人の感情に絡むいくつかは
AIでは出来ないような気がします。

また「リアルに接する」も
AIは出来ないと思います。
フィジカルAIの技術が進んだとしても
人の手には叶わないのではないかと
想像します。

「手当」には物理的なふれあいと
心理的なふれあいが含まれていると
思うからです。

そういうことは人がやらなきゃ
ダメだと思うのです。


話しを元に戻します。

歳を取ると「記憶力」が衰えてきます。

なのに

大昔のことはいつまでも覚えている
なんてことは
そこかしこで起こっています。

そしてその大昔の記憶は
日々塗り替わっているように
感じることもあります。

きれいな記憶に塗り替わっているか
憎悪を伴う記憶に塗り替わっているか

は別にして…


若い後継者は

20歳、30歳年上の現経営者の
おっしゃることに感情を揺すぶられる

ことがままあるかと推測します。

その一つの原因が
「昔の記憶の書き換え話し」
だと思うのです。


長い年月とともに書き換えられた
「昔の記憶」についてを、なぜか、
年齢が重なると話しがちになります。

年配経営者が話すその度に

若い後継者は
「また同じ話が始まる」
と思った上で我慢して聞いている
場合が多いのでは…

そして
「経営者が言っていることは本当だろうか?」
とか

「美化しているのではないか?」
とか

「今の世の中では通用しないのではないか?」

などと心の中で思っている
のではないでしょうか。


僕を含めた年配者は

「若者の邪魔はしない」
と心に決めて

自分の記憶力の低下を認識したうえで、

昭和の時代の話をする場合は
話す内容や
話すシチュエーションについて

心を配ることをした方が
良いのかも知れませんね。


しかし…
これがなかなか出来ないのよ。
頑固になってきた自分を
認識することが増えました。

P.S.

今、日本の若年層は
少子高齢化の影響を受けて少数派と
なっています。

年齢が下がれば下がるほど
人口は先細っているのが現状です。

すると若年層の声が
世の中に届きにくくなる。

僕たち年配者がしゃべることによって
彼らの邪魔をすることになっては
マズいと思う今日この頃です。

歳を重ねてきた者には
歳を重ねてきたなりの

若い方には若い方なりの
特性、特徴があるように思います。

みんながその事を理解し
接することが出来れば良いのですが…

いつの時代もそうかも知れませんが
世代間ギャップには悩まされますね。

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