痛い思いをしないと、気づけない、学ばない、変われない
■
僕はここまで、
怠惰で、流されて生きてきたように思います。
我ながら情けない話しです。
■
18歳の僕は、
大学受験に全敗し浪人生活に入りました。
しかし、
自転車競技にのめり込んだ高校生活を
3年間送ってきて、
勉強をするクセなどついておらず、
その年の夏までは
ただ何となく予備校に通っている
という状態でした。
ちなみに…
その予備校は学力別にクラスが分れており
僕は最下位のクラスでした(涙)
■
予備校では模擬試験が
2か月くらいおきにあったのですが
偏差値は40をきった30台。
それでも
なぜか焦ることはありませんでした。
■
しかし
8月に入って受けた模擬試験の
結果がこれまで以上に悪かった。
きっと僕が勉強をしてなかった間、
他の人は勉強していたので
相対的に僕の偏差値が落ちたのだと
思います。
■
その模擬試験の結果をもらった日の夕方、
一人、公園のベンチに座って考えました。
(ベンチに座ってみた
真っ赤な夕日を今でも覚えています)
さすがの僕も親に対して
申し訳ないという気持ちが芽生えていました。
そして
「僕の人生これからどうなるんだろう?」
と考えると急に怖くなりました。
この瞬間、火が付きました。
「全ての教科の偏差値を上げるのは
難しい。だから好きな英語のみ
一生懸命勉強しよう」
と思いました。
■
そして9月に入ってからは
英語だけムチャクチャ勉強しました。
それまで英語の辞書は
新品のようにきれいなままでしたが、
10月に入ると少し黒くなり
紙もよれよれになってきました。
英単語を覚えるために、
「ターゲット1900」という
単語帳をいつも脇に置き
暇があるとそれを見ていました。
問題集は1冊に絞り
それだけをひたすら解きました。
問題集を1冊解くのに
最初は1か月近くかかりましたが、
12月頃になると1日で
全ての問題を解けるようになりました。
■
とはいえ、依然として、
他の教科は全然ダメなままです。
国語は地面すれすれの低空飛行を続け、
社会に関しては日本史が嫌になり
11月頃予備校の先生に
「日本史は興味が持てません。
政治経済に変えます」
と伝えました。
■
ちなみに…
英語の偏差値が爆上がりしたのは
クリスマス前の模擬試験から
でした。
■
そして何とかかんとか
東京の私立大学に入ることが出来ました。
■
さて、さて…
上記から学べることは何かを
考えみました。
それは
(1)結果が出るまでは時間が必要。
だから焦らず続けることが大事
(2)得意なことを優先し集中して行う。
気分が上がらないことをしても続かない
(3)順番って大事。
何からやって、次に何をやるのかを
予め決めておく。積み重ねが重要なので
です。
■
上記は
中小零細企業の経営でも一緒
ではないか
と思うのです。
中小零細は、ヒト・モノ・カネ
情報・ノウハウ・技術…
といった経営資源が大企業、中堅企業に
比べて圧倒的に不足しています。
(それはしょうがないと思います)
そのため
すぐに結果が出るわけではないし、
全てのことが出来るわけでもない。
市場動向や、競合の動き、お客様の心理、
自社の財務内容、従業員の心理・状況
などなどを見て、行動計画を作るのも
苦手だと思います。
■
それでも明日をよくするために
何かをしなくてはいけない。
ともに頑張らずに、頑張りましょう!

