本当の人脈は意図しては出来ない
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居酒屋で先輩と二人で飲みました。
ビール、ハイボール、日本酒と
立て続けに飲みほし
酔っぱらってきた僕たち。
呂律は回らなくなったものの
エンジンがかかってきた丁度その時、
先輩が
「本当の人脈は意図しては出来ない」
とおっしゃいました。
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「うおぉぉぉぉぉぉ~~~
そうだったのか」
「やっぱり酔っぱらうと
名言が出るな~~~」
と思うと同時に
「結果を分けるのは
意図の有無だったか…」
「意図が強すぎると、人って、
いやらしくなるものかな~」
などと思いました。
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現代社会において
「意図する」ということは
自分の利に資するように
相手を仕向けること
とほぼ同一の意味で
使われることが多いように
感じています。
しかし、実際には、
相手をコントロールしようと
すればするほど
自分の意からは遠ざかる
ものですよね。
それは、
相手が
こちらのネガティブな雰囲気を
を感じ取り、
抵抗してくるからだと思います。
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正直に申し上げると
僕も意図を持って行動する時は
「自分の利となるように
事を運びたい」
という意を
(隠し)持っていると思います。
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稲盛和夫さんの言葉に
「動機善なりや、私心なかりしか」
があります。
とてもとても深い言葉だと思います。
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僕は
稲盛さんのような判断基準を
死ぬまで持てないと思います。
が、いずれにしても
「動機が善で、私心がない」
方が応援してもらえると思います。
そしてその方が
やがて本当の人脈となり
窮状に陥った時
助け合える関係に昇華していく
そんな気がしています。
P.S.
邪な(よこしまな)心を持つ僕は
とてもじゃないけど
「動機が善で、私心がない」
かを判断基準として
生きていくことは出来ないように
思っています。
しかし
稲盛さんの考え方を心のどこかに置き、
気にしていたいです。
世の中は厳しいようでもあります。
子供の頃は、
「大人になれば悩みなんてなくなる」
と思っていた節もありますが、
歳を重ねるたびに
悩みが深くなってきたような気がします。

